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Japanese Newsletter #57

October 4, 2012

October 4, 2012 | Japanese Newsletter on

初めてのテレビ討論会はロムニー勝利

10月3日夜、最初の大統領候補者によるテレビ討論会が行われた。討論会が終わるや、予想に反して、ほとんどのメディアが共和党のミット・ロムニー候補が圧勝と報道した。

選挙の現場で育った自称選挙コンサルタントの私から見ると、勝負はすでに二人が最初に話したところで決まっていた。

ロムニーはテレビ討論会で必要な 3つの点で圧勝していたのだ。

1つは、見た目である。両者ともほとんど完璧なアメリカン・エリートの見た目を持つ。鍛えた姿勢にスーツのラインも文句の付けどころがない。だが、今回は、ロムニーはネクタイの色で画面を制した。ロムニーは赤いネクタイに対してオバマ大統領は青いネクタイ。バックが青なので、ロムニーが画面に映ると圧倒的に華やかになる。

ケネディ元大統領が制したニクソン大元大統領とのアメリカ初のテレビ討論会は、ラジオを聴いている人はニクソンが勝利したと思ったが、テレビを視聴した人は圧倒的にケネディ勝利だった。この違いが、ケネディ勝利に導いたと言われている。       しかもロムニーは、開始早々に、苦手とされるジョークを決め会場を和やかにしていた。

2つ目は、議論を引っ張るプレゼン力である。

今回の討論会は国内政策についてであった。そこで司会者からの最初の質問は、国内政策について二人の違いだった。ロムニーは、 5つの点で異なっていると明らかにしたうえで、エネルギー、税金、中小企業対策など5つの分野について語った。

一方、オバマは 4年前のアメリカの惨状を語ったうえで、今までの成果をとりとめもなく語った。とりわけ、力を入れて語ったのが教育だった。

3つ目は、議論を受ける要約力と切り返し力である

ここでも、ロムニーは要約力を発揮していた。なんとなくまとまらないオバマの議論を「 5つの点で反論する」、と総括して切り返していた。

オバマ大統領もロムニー元マサチューセッツ州知事も、知識の量と理解の深さには疑いがない。

アメリカン・エリートの典型とも言えるこの二人のテレビ討論会を見ていると、こんな議論が日本でも可能だろうかと、純粋に羨ましく感じてしまう。

大統領選挙は、候補者が大統領になっていく候補者にとっても教育課程でもある。ロムニーは共和党予備選挙でほぼ毎週、テレビ討論会をこなしていた。民主党は予備選挙は信任選挙だったので、オバマ大統領にとっては 2012年選挙では初めてのテレビ討論会である。

大統領候補によるテレビ討論会はまだ 2回残している。次回はオバマ大統領が巻き返しを図ることは確実だ。

考えてみれば、大統領選挙で両党の候補者がいずれもザ・エリートというのは珍しい。

選挙はイマイチ盛り上がらないと言われているが、この二人のテレビ討論会は、将来、テレビ討論会の教科書と言われるようになるのではないかと思っている。



キャピトルの丘

先日、ヘリテージ財団の所長エド・フルナー夫妻が、藤崎一郎大使夫妻のお別れ夕食会を主催した。

場所は、フルナー所長が会員になっているのは中でも天井が高く豪華な作りのメトロポリタンクラブだった。

会員制クラブはワシントン独特の文化とも言える。メトロポリタンクラブ、ユニバーシティクラブ、コスモスクラブ、ジョージタウンクラブといった高級クラブがある。

赤じゅうたんと豪華なシャンデリアが輝く約 20人用の個室の片隅にはドリンク・バーもしつらえてあった。机の上には名前。藤崎大使は、エレイン・チャオ元労働長官とフルナー夫人が隣に座る。大使夫妻の隣はフルナー所長だ。

そしてヘリテージ財団のロゴ入りの紙に印刷された今日のメニュ。選択メニュではないので、魚と肉好きでも大丈夫なように、メインはカニコロッケとフィレステーキのハーフアンドハーフである。

気を使うことは日本人の専売特許にように言われているが、こういうところを見ると、アメリカ人も日本人と同じように、またはそれ以上に気を使うことを感じる。

フルナー所長が 40年で机1つのシンクタンクからトップ10に入るシンクタンクを作り上げた秘密の一つがこういった心遣いなんだろう。

宴たけなわを見計らい、大使が皆さんの最近の興味は何ですか、と尋ねた。

フルナー所長に振られ、チャオ元長官が口火を切った。パーティでのにこやかな声とは打って変わって、冷静な声で、数日後に発表される経済指標ではアメリカの経済問題は改善されないだろう、と問題点を指摘した。

家族ぐるみの小さな夕食会は和気藹々とした雰囲気の中で開催され、フルナー所長が大使に、二人で写っている額に入っている写真を手渡し、会は終了した。

その写真は、藤崎大使がヘリテージ財団のルーフトップパーティでみんなを幸せにするジョークを決め、大使と所長が肩を寄せ合って笑っているシーンだ。

震災後、藤崎大使はどこへでも出かけていき日本の現状を語っていた。しかもレセプションやパーティでは場を和ますジョークを話せる稀有な日本人大使としてワシントン DCでは有名だった。ジョーク力はアメリカ政治においては必須アイテムである。

レセプションやパーティで藤崎大使がつかみのジョークを決めるたびに、私だけではなくほとんどの日本人は、「藤崎大使ステキ」と思っていた。 

ちなみにフルナー所長も藤崎大使のジョークの大ファンだったのである。

About the Author

Kumi Yokoe, Ph.D. Senior Visiting Fellow, Japan
Asian Studies Center