The Heritage Foundation

Japanese Newsletter #44

June 7, 2012

June 7, 2012 | Japanese Newsletter on

パブリック・ディプロマシー: アメリカではボイス・オブ・アメリカが聞けない!!

ヘリテージ財団は、Smith-Mundt Act of 1948の改正に力をいれている。とういのも、この法律のため、アメリカ人はヴォイス・オブ・アメリカなど、アメリカが世界に向けて行っているパブリック・ディプロマシーを視聴できないようになっているからだ。

日本では、パブリック・ディプロマシーというと、自国のイメージをアップするために世論に訴える外交として理解されている。そのため、日本ブランドやクールジャパンといった、経済産業省が先頭に立つ輸出強化の取り組みが頭に浮かぶ。

第一次世界大戦以前からパブリック・ディプロマシーの歴史を持つアメリカでは、パブリック・ディプロマシーは、安全保障の一環に位置している。

パブリック・ディプロマシーの第一義は、戦争をしない関係構築なのである。

アメリカ議会は1948年、Smith Mundt Actを制定し、アメリカの海外での「情報活動・政治的宣伝」を推進し、アメリカは第二次世界大戦後の世界で役割を担おうとした。この法律によってフルブライト・プログラムや全米の世界向け放送であるヴォイス・オブ・アメリカといった放送、出版、文化・技術交流が充実した。

Smith-Mundt Act of 1948の正式名称は、US Information and Educational Exchange Actであるが、法案を提出したカール・マント下院議員とH. アレクサンダー・スミス上院議員の名前を取って、Smith-Mundt Actと呼ばれている。

ヘリテージ財団がこの法律を問題視しているのは、この法律が、アメリカが世界に向けて行うパブリック・ディプロマシーの情報に、アメリカ人がアクセスすることを禁止しているからだ。つまり、アメリカでは、ボイス・オブ・アメリカは聞くことはできない。

この法律が存在する理由の1つは、冷戦時代、共産主義の国が国民に向けに政府のプロパガンダを行っていたので、政府のそういった情報活動が共産的と危惧されたことがあげられる。現在も、その考えは消えておらず、この法案を改変すると、米国市民を標的にした政府のプロパガンダが行われる、ということを危惧する声があると言われている。 

Smith-Mundt Act of 1948の改正をする、Smith-Mundt Modernization Actは、共和党のMac Thornberry下院議員と民主党のAdam Smith下院議員の超党派法案として5月10日に提出された。この改正案は、アメリカの海外向け情報に、アメリカ国民がアクセスできるようになることを主眼に置いている。

Thornberry下院議員は、「我々は、様々な方面での脅威に直面している。この脅威に立ち向かうには、様々な方法をもって行わなければならない。コミュニケーションはそのために最も重要である。この時代遅れの法律が、アメリカの外交官、軍人等の手を縛り、信用度が高く透明性のあるコミュニケーション能力を奪っている」、と改正の必要性を訴えている。 

実際に、困った事件も起きている。2009年ミネソタ州のラジオ局が、多くの在米ソマリア人リスナーを有していた。そのラジオ局が、ボイス・オブ・アメリカの反テロに関する報道を放送しようとしたところ、Smith-Mundt Actに引っ掛かり、放送できなかった。ミネソタのソマリア人コミュニティーは、ソマリアのアル・シャバブという武装勢力の兵員募集の対象になっていたが、それでもこの法律は覆せなかった。

また、2009年にホンジュラスでクーデターが起きた時、アメリカの主要メディアの一部が、ホンジュラスの情報源で間違った報道をしたことがあった。これは、国内の情報源が使えなく、海外の情報源に頼るしかなかったために起きたことだった。この件に関して、ボイス・オブ・アメリカは正しい報道をしていた。

ヘリテージ財団でパブリック・ディプロマシーを研究するヘレ・デイルは、「人々はインターネットを通じて、日常茶飯事、政府の情報に触れている。この規定は時代遅れで意味がない」、とSmith-Mundt Modernization Actを支持している。

6月5日のヘリテージ財団でのイベントでThornberry下院議員は、「外からだけでなく、内からのテロ対策のためにも、Smith-Mundt Actの改正が必要だ」と語った。

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キャピトルの丘

日米でパブリック・ディプロマシーの意味はかなり異なっている。

日本のパブリック・ディプロマシーは、日本を好きになってもらうこと、つまり、イメージアップのための手段として使われている。

一方、アメリカでは、パブリック・ディプロマシーは安全保障における戦略の道具の1つとして存在する。この文脈で見ると、ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授が核の傘から情報の傘へという概念を提示し、そして、ソフト・パワーとスマート・パワーという概念につながっていくが、すんなりと理解できるであろう。

第二次世界大戦後、各国は、核の脅威もあり、武力衝突を避けてきた。そこで、今まで以上に重要視されるようになったのが、パブリック・ディプロマシーなのである。アメリカではパブリック・ディプロマシーは国務省の管轄であるが、国防総省は戦略を立てる際の、最初の一歩はパブリック・ディプロマシーと考えている。パブリック・ディプロマシーは、軍事戦略で軍事をつかわない戦略道具なのである。

実際、イラクやイランなど反米感情が高い国で、アメリカはパブリック・ディプロマシーを積極的に利用している。

日本では、パブリック・ディプロマシーの歴史が浅いこともあり、現在も、しっくりとした日本語で表すことは難しい。そのためか、パブリック・ディプロマシーの戦略的な利用に関する包括的な議論はまだ始まっていない。

日本はどんな国を目指すのか、日本が世界に伝えたいメッセージは何なのか、国際社会での役割は何か、ということを明らかにして、その達成のためにどんなパブリック・ディプロマシーを用いるのか、ということは、今後、ますます重要になるのではないかと思っている。

数年前、中国で出現した反日運動は、アメリカの新聞に日本の立場を理解する意見文が出たことで、落ち着いた。

パブリック・ディプロマシーは、もはや対象国のみで行う時代ではないのである。

さらなる戦略的議論が必要となっている。

About the Author

Kumi Yokoe, Ph.D. Senior Visiting Fellow, Japan
Asian Studies Center